●●● ﾊ美しい月 ●●● 金色に輝く美しいお月さまを 小さな頃 そんな絵ばかりを描いていた 彼女――４年前のあたしの歩調は よどみがない 「ねえ、カノン。 そして成美が ここに連れてきてくれたの 「ツキくんに、逢いにきたんでしょう？」 こんな風に なにもかも覚えている だからあの時 ツキくんは あの娘の病が死に至るまで そうだ 扉を開けて 部屋に入る なぜその時 ツキくんが傍にいてくれたのか カーテンが 揺れている だからツキくんは くすくす くす |
●●● 窓に残った風 ●●● なぜ月は 月が地球に見せる姿は 「繭子ちゃんの仮面は、いい匂いがする」 平静を装い また逃げるのね 積谷繭子から 今 なんて云ったの？ 莫迦な娘 そうか くすくす くす ――聞こえた 小さく息を吸って 「ねえ、 部屋の片隅にある背のたかい姿見 「自分で確かめるのよ」 背後から抱きすくめたツキくんの 壊れないで．．．． カーテンが怠惰に揺れている それが 最後に見たもの |
●●● 星明かり ●●● 塔のようにそびえている やっと たどり着けたのに ここはあたしの夢なのだろうか 満月の明かりが強くて 「ツキくん」 手を差し伸べる 「満月は、移りゆく時間の、 だから ツキくんの手を取る 満月の光が とても ツキくんにくちづける |
●●● 海の再生 ●●● 世界が粉々に砕けても 床に散らばった鏡の破片が だから 「あなたのせいじゃない」 重い身を起こす 「みんなが望んだのよ」 カノンが 小さな欠伸をもらす 「勘違いしないで。 ほっておくと ねえと 「人の願いを叶えるのって、 部屋が溶けはじめる |
●●● 還 ●●● 気がつくと 「おかえりなさい」 彼女が――４年前のあたしが ねえ きんいろライオンの話覚えている？ 「積谷繭子に逢えて、よかった」 開け放たれた扉を越えて 雨が降りつづいている 決して振り出しにもどったわけじゃない 部屋のなかばで 彼女が手を振っている さよなら あたし いつの間にか 雨はあがっている 生れるのね |
●●● なつかしい季節 ●●● とても懐かしい場所 「どの話が聞きたい？」 とても懐かしい感覚 『月の姉妹のなかで 「あなたの影は、あなたを起源としていますか」 やがて太陽が再び姿を見せ 涙があふれて止まらない 「おかあさん！」 病室じゅうを震わせて 「おかえりなさい」 それきり 言葉がつづかずに 「あら、意識が戻ったのならすぐに知らせてくれなきゃ」 偶然顔をのぞかせた看護婦に 今日は 月のどの姉妹が 握りしめていた手を広げて 春はもう |
●●● 明日の生まれる場所（終章） ●●● 話しているあいだ ガラスの欠片を 河川敷をうずめた 「恵子も歳を取ったんだな」 愉快そうに笑ったおとうさんの 河川沿いの遊歩道 「早くしないと、 きりこさんがそう叫び 「おつきさま、いないよぉ」 くすくす くす 世界の回転軸は 夜ごとに 誰も知らない場所で 「今日くらい、高橋から電話があるよ。 呑気に口笛を吹く 慌ただしく駆け抜けていった |