●●● 蝕 ●●● 先を行く成美が くすくす くす ごめんねと云ってみて 地球の影に 蝕まれた満月が それでも 月はなくなりはしないし だから 人は 石段をのぼりきった成美が 「怖くなかった？ あたしを一人で育てるの」 苦しいのは 「そうだな、 母の墓石に 怖々と触れて きっと 父からもらった 太陽の光と 花を供えて お墓の掃除をするあいだ |
●●● 合 ●●● 開け放たれた玄関の扉から 「成美ちゃん、知っているんだよね」 あたしを招き入れながら 南に向いた大きな窓で 「いじわる」 背を押されて 有美ちゃんを睨みつける みんなの声が あたしを支えてくれている おかあさん？ 「やっと、また３人逢えたね」 有美ちゃんの声が 震えている 還ってきた 還ってきたんだね 「ママン、 そんな 成美の声に 「こんにちは」 ツキくんの 透き通った声 砂時計は 「こんにちは、 セキヤマユコ |
●●● 日溜まり ●●● 花の枝を切りそろえ 朝 起きて 「気をつけてね」 ツキくんが差し出した花束を そう まるで そんな想いを戒める 「いい顔になったじゃないの」 きりこさんの 味気ない一言 とても静かだ 店の軒先 月が蝕むまえの太陽の光は 「ママン、だめ！」 成美の声が 心のなかで響く いま 笑ったのは 「ツキくんのなかに、 鼻のあたまが触れあう距離 |
●●● 夜色 ●●● 何度もくり返し歩いた道だと教えられても 「ねえ、夜の色は何色だと思う？」 おふろ ツキくんといっしぉね 「透明な色」 きりこさんの花屋の前 「どうして？」 じゃあ 朝も昼も透明ね 夜の色は 透明しゃららん 「成美ちゃんに連れていってもらいなさい」 ツキくんのことで成美ちゃんに嘘をつかなかったのは そのためでしょう あたしを訪れ 「あたしのなかで、みんなが云ってくれるの。 長いお風呂からあがった成美に 「成美、夜の色って何色だと思う？」 小首をかしげて 「成美ちゃん、ヤ行が云えるようになったんだぁ」 有美ちゃんに白い歯を見せて |
●●● 空までの距離 ●●● 小さなころ 黒猫が 河川敷の野原をたどたどしく駆ける 苦笑する 春というには暖かすぎる午後 「成美ってば！」 河岸にちかづいた成美を制して 歳を取ったんだ あたし 「かんらんしゃの、おはなしして」 成美に手を引かれて 「小さな丘のうえに、とっても背の高い樹が立っていました。 「あはは、かんたんじゃない、 笑いがこみ上げる 「女の子は樹にお願いをして、 菜の花の茂みから 黒猫が顔を出す 「太陽の怪我がなおって、自分で空を飛べるようになると、 なるみもかんらんしゃのりたいなあ |
●●● 新月 ●●● パジャマの足をだらしなくのばした 成美の瞳が はかない色を帯びている ツキくんは 遠くを見ている 風が 吹いている 「ママン、こわくなぁい？」 大丈夫よ きっと帰るから だれ？ 笑ったのは 「ヘンな人。 なにかが目の前を駆けた気配がする 「ツキくん？」 視界を埋めて 「今日 空にある月が 確かに そう云った |
●●● 上弦 ●●● 空に浮かんだ上弦の月が 「ずいぶん、遅かったじゃない？」 彼女は こちらを振り向いて 開け放たれた扉のむこうに現れた世界 「寒くて凍えそうだわ」 月は いったいいつになれば 「なぜそんな所で見ているの。 やっぱり あなただったのね 赤い液体を滴らせて 「怖い？」 力を込めて振り返ってみる 「あなたが死んで、 彼女を見据えて 「ねえ、どうしてツキくんは、 タカハシのおじさんが撮った空の 彼女が 目を細める 「そう、あなたも書いたのね」 それもそうね 破顔して |