「マユコ」は、Nifty serveの「詩のフォーラム」1番会議室に、1996年2月〜5月に渡って掲載した連詩を一部加筆修正したものです、


第1話
 
〜マユコ〜

日曜日だというのに
寝すごしたためしがない
幼稚園にも通えないマユコには
曜日などないのだろう
もっとも
ケイコが逝って以来
マユコのよく通る声を目覚しがわりにしている自分も悪い

   「おーい、おきましょう、あさですよ」
   「きゃはは」

それがマユコがケイコからもらった
たったひとつの思い出

ケイコはおれたちに
小さな黒猫をのこしてくれた
マユコは彼女をママンと呼び
ママンはマユコをにゃあと呼ぶ

プロレスごっこがマユコの朝の体操
朝っぱらから布団に乗っかってきて
黒猫のママンといっしょになって
にゃあだのきゃははだのと
幸せそうな笑い声

もう少し髪をのばせば
ケイコにそっくりになるよと
云い出すこともできずに
ただ布団にしがみつく

ああ
そうだ

ケイコはおれに
マユコをのこしてくれたんだ

   「おーい、おきましょう、あさですよ」

マユコは無邪気に黒猫のママンに抱きつき
ママンは不快そうに目を細める

いつかママンは
ケイコとおなじように
どこかへいなくなってしまうだろう
ママンはケイコじゃなく
黒猫だからね

   「きゃはは」

でも
たとえばこうして日曜日に騒いだ記憶が
きっとマユコを守ってくれる

   「にゃお、あーっ、ママン、うんちした」

マユコ
おれはいつか
ケイコとおなじところへいくんだよ

布団から這い出ると
マユコはママンといっしょに駆ける

   「うんち、うそだあ」

日曜日だって
マユコにはいつもとおなじ一日

また一日がはじまる

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第2話
 
〜前髪〜

あれから 二度目の冬が来て
窓の外では なんだか儚げに
小雪が 思い出したように舞っている

白く淡い ヴェールのかかった外の眺めが
美容室の 強い匂いとそぐわない

ちっぽけな 生まれたばかりの黒猫を
ケイコが どこからか拾ってきたのは
たしか こんなふうに寒い日のことだったと
歩道を足早に過ぎ去る 人々の背中が教えてくれる

子供用の 補助付きの椅子にすわらされて
美容師に ガラス細工のように扱われながら
娘のマユコは じっと整髪をうけている
今にも泣き出しそうな瞳と
壁鏡ごしに目が合った

首から下を すっぽり包んだエプロンのなかで
マユコの細い腕に しっかりと抱かれて
黒猫のママンは 夢うつつなのだろうか
時折 にゃあと声が聞こえる

あともう少し 前髪が伸びれば
あと何年か 時がすぎれば
マユコは ケイコとうりふたつになるだろう

あのころ ようやく駆け回れるようになった
痩せっぽちの少女と
あのころ ふるえながらミルクを飲むだけだった
痩せっぽちの黒猫は
ケイコが遺した者どうし
強く励ましあって生きている

大丈夫だよと 小さく手を振ると
マユコの顔が 少しだけなごんだ

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第3話
 
〜こわいこわいこわい〜

白い塀
背の高い電信柱

ありふれた歩道
交通公園までの 散歩道

ツツジの潅木
いばっている ポスト

挨拶好きな娘のマユコは
元気な声で 公平に声をかける

   「おてんきですよ、マウコですよ」

おしゃべりなくせに
自分の名前だけは ちゃんと云えない

マユコのあとをついて
黒猫のママンが しっぽを振る

田中さんの家の塀
ポプラの並ぶ 長い下り坂

   ワン ワウッ
   ウーッ ワウワウワウワウワウワウ

交通公園まであと半分
窮屈な駐車場付きの 一戸建ての鉄格子

マユコはきゃあと叫び
おれの顔を うれしそうに見あげる

ママンがにゃあと鳴き
マユコのそばで 毛を逆立たせる

   「きゃああ、こわいこわいこわい」

マユコはママンを抱き上げ
ママンは何度も まばたきをする

   「こわいこわいこわい、こわいこわいこわい」

マユコはママンを強く抱きしめ
弱気な柴犬は 果てしなく鳴き狂う

ママンは小さく身を丸め
マユコに抱かれて 古えた声を出す

鉄格子はすぐに遠ざかり
柴犬の声は 壊れた玩具のように突然途絶える

   「あーっ、こわかった」

マユコはため息をもらし
やさしく ママンをアスファルトに下ろす

ママンは欠伸をして
マユコのあとを 呑気に歩き出す

交通公園まで あと少し

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第4話
 
〜振り子〜

コツ コツ
コツ コツ
時計の振り子が揺れるたびに
黒猫のママンが 首をゆらす

   「コツ、コツ、コツ」

娘のマユコは
振り子にあわせて 部屋をねり歩く
ママンが 畳のうえで転がり
マユコの笑みがはじける
新入りの時計は 新しい住まいにとまどったのか
狂ってばかりいる

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第5話
 
〜あかねこ〜

「あかいね、あか! きゃはは」

赤い画用紙で
赤い猫の
おめんを作った

「あかねこ! あかねこ!」

娘のマユコはおめんをかぶり
すっかり赤猫きぶん
黒猫のママンは
迷惑そうにノドを鳴らす

「あかねこですよ、にゃあ!」

二匹の猫の鳴き声が
ほこりっぽい部屋に
ひと足早く 春をつれてくる

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第6話
 
〜石段〜

不ぞろいの石段を
娘のマユコは
ひとりでのぼると云ってきかない
身軽な黒猫のママンが
心配そうに頂上でまっている
声もたてずに

黒のワンピースのすそが
石のかどにひっかかり
転びそうになる
マユコは顔をくしゃくしゃにして
「おはよう、あさですよ!」と
母親だった人の口癖をまねた

ケイコの眠る墓石まではまだ遠い

マユコのまえでは絶対に泣かないと
遺影に誓った約束を
いつか やぶるときが来るのだろうか
空は灰色にしずんでいる

石段をひとりでのぼりきって
黒猫のママンを抱き上げて
そうしてマユコは笑った

三回忌の意味を
マユコはまだ知らない

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第7話
 
〜バスケット〜

娘のマユコは電車がきらい
黒猫のママンを
バスケットに押し込めるから

駅に着き
マユコがこわごわと
車両から段差のあるホームへとおりると
にゃあと
ママンの声がする

外は晴れだよ

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第8話
 
〜思い出〜

なんど云い聞かせても
娘のマユコは
なにかがうまくいかないたびに
部屋のなかをかけまわる

黒猫のママンが
マユコのあとをついてまわる

いち、に、さん
数字のおべんきょう
いち、に、さん
いつもそこでつっかえる

「おはよう! おはよう! きゃはは」

いつものように
部屋のなかで運動会

ママンがしかたなく
にゃあと鳴く
そうしなければ
マユコは次が思い出せない

でも本当は
マユコはちゃんと「じゅう」まで云えるんだよね
ただ「し」がきらいなだけ
数字をかぞえるたびに
マユコの心は
いない 母親を思い出す

ご、ろく、なな
数字のおべんきょう

はち、く、じゅう
数字のおべんきょう

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第9話
 
〜末期症状〜

黒猫のママンは
「冷たい心」探知機がついている

抱きしめたとき
ツンツンと毛が逆立ったときは
要注意
「冷たい心」の初期症状

そっと指でふれたとき
ヒゲがピンと反応したときは
絶望的
「冷たい心」の末期症状

そんなとき
娘のマユコは決まって
遠くから
こちらをうかがっている

いけない いけない

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第10話
 
〜オルゴール〜

南棄きの窓からさしこむ
白くやわらかい光
風にゆれる枯れすすきや
かすかな残雪が
春を待ちわびている

休各室の木の椅子に置いたバスケットを
指で何度となくつついては
娘のマユコが甘え声で
にゃあにゃあとささやく
黒猫のママンは
落ち着きをとりもどして
カレカレとバスケットの底をかく

遠くの展示室で
オルゴールの演奏が響いている
はてしなく細く はかなげに
空気がゆれている

「ママン、わるいこねえ」

マユコの声はとてもやさしい
きっと 金属的な音色が
ママンの波長とずれただけなのだろう
演奏会のさいちゅうに
ひとしきり鳴きつづけて
強制退去処分になった張本人は
バツが悪そうに
にゃあとだけ鳴いた

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第11話
 
〜すこしだけ離れて〜

すこしだけ離れて
足音をたてて歩こう
春待ち顔の
交通公園の遊歩道

娘のマユコは 歌をうたったり
黒猫のママンといっしょに
  小道をそれて駆けまわったり
ため池の柵から身をのりだして
  浮き草のあいまに魚を見つけたり

「マウコ、おふねのるんだよう」


マユコがうち捨てられたボートを指さす
風が木々を揺らして
黒猫のママンが身をふるわせる

すこしだけ離れて
足音をたてて歩こう

数すくない
マユコにしてあげられること

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第12話
 
〜メリーゴーラウンド〜

となりの部屋から
黒猫のママンの
困り果てた 鳴き声がする

めりーさん するんだよう
ママン のってよお

娘のマユコが ベソをかいている
きっと 小さな身体で
木馬になろうとしているのだろう

あーっ あーっ
ママンうんちした うんちしたよお!

マユコがこちらをうかがっている
返事がこないと判っていて
今は仕事の時間だから
遊べない時間だから

あれだけ怖いといって泣いた
メリーゴーラウンドの白い木馬
昨日の遊園地 たのしかったね
でも 今日はつづきはない

  「パパン、あそぼう!」
そんな毎朝のあいさつが
しらない間に
  「パパン、今日はダメ?」
にかわってしまった

まいにち遊園地に行くのが
愛情じゃない
でも 愛しているだけじゃ
愛情じゃない

まいにち少しずつ
マユコを傷つけている

となりの部屋から
マユコの笑い声がする
とてもかわいた 笑い声がする

メリーゴーラウンドが
まわっている
一日という
一週間という
時間のメリーゴーラウンド

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第13話
 
〜おひさま〜

青空に 太陽があり
太陽は 季節をくれる
季節から 風が生まれて
風は西から 雲を運んで
雲がぽつりと 雨を降らせる
でもやがて 雨があがって
灰色の 雲が流れて
おだやかに 風がやんで
季節がかわった そのあとにも
太陽は 白く静かにそこにある

青空は いつでも青でみちている

「あめ、やんじゃったあ」

娘のマユコは 黄色い傘を
さびしそうに 振り回す

「おはよう、おひさま」

街路樹の 木漏れ日のなか
黒猫のママンをつれて マユコが駆ける

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第14話
 
〜しゃぼん玉〜

陽のかげった駐車場
ふうと息を吹くと
透明な球体が同色の光を浮かて
重なり合って もつあって
いっせいに
空にむかって飛び出していく
風のなかで 舞いはじめる

「しゃおんだま、パパン、とんでるよお」

娘のマユコは駐車場をかけまわり
黒猫のママンは
しゃぼん玉のひとつが地上に降りるまぎわ
透き通った丸い瞳で
タンと 手をのばした

しゃぼん玉の群れは
静かに 彼方へ流れていく

「マウコもするの!」
「そのつぎは、ママンだよ」

ピンク色の容器をかかえ
マユコは唇をとがらせて
けんめいに息を吹く

ママンがせがむように
マユコの足もとで しっぽを振った

白い雲が流れて
薄陽がさしはじめたころ
びいどろのような
小さなしゃぼん玉がふたつ
ふわりと舞い上がった

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第15話
 
〜満ちゆく月〜

東を向いた窓がふちどりした
薄青ににじんだ夕暮れの空を
白く澄んだ満月まじかの月が
音もたてずによこぎっていく

「うさぎさん、うさぎさん」

娘のマユコがたたみに寝そべって
青色の画用紙に
黄色いクリヨンで 円を描いている

空をうめる青は静かに深まり
乳白色の輝きが藍色をいやす
たどり着くことさえ叶わない
想いだけが満ちた世界がある

黒猫のママンが目を光らせて
窓枠によじのぼる
月が南へとおざかるまで
もうすこしだけ
明かりはつけないでいよう

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第16話
 
〜アイス・バー〜

「ママン、どこかいっちゃうの」

娘のマユコが 足音をしのばせて
仕事場へ入ってくる
開いたドアのすきまから
リビングのほうをうかがうと
東向きの窓枠に
黒猫のママンが うずくまっている

食べかけのアイス・バーでよごれた
マユコの口元を
ティッシュでぬぐう

マユコと遊んでいるあいだ
ママンは 時々ふらりと外に出て
しばらく帰ってこなくなるらしい

「外に友達ができたのかな」

「ともだち?」

マユコが手に持った アイス・バーから
アイスクリームのしずくが落ちた
マユコは 大粒の涙をうかべて
ママンの名前をよんだ
ママンは にゃあと鳴いて
ドアをすりぬけて 仕事場へ入ってくる
マユコが アイス・バーをさしだすと
ママンは 目を細めながら舐めた

「めりーさん、しようか」

マユコは しょんぼりと
首をよこに振った

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第17話
 
〜ぎんいろ〜

ぎんいろ ぎんいろ
空をうずめて
ぎんいろ きらきら
降りしきる
建物や 立て看板や
人や 落葉樹が
寒そうに 空を見上げている

コンコン コンコン
娘のマユコはきつねをまねて
コンコン コロコロ
野原をはねる
ベンチや うなだれたすすきや
池の柵や 垂れた芝生をつつんで
マユコのまわりで
ぎんいろがおどる

池のボートも
ポニーの馬車も
ミニSLもお休みだから
今日の公園は
マユコだけのもの
黒猫のママンはベンチに置いた
コートのなかで眠ってる

ぎんいろ ぎんいろ
目を輝かせて
ぎんいろ きらきら
舞い降りる

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第18話
 
〜廃線跡〜

娘のマユコは すすきを振り振り
おさるさんの歌をうたう
年代物の 機関車よろしく
カタコトと くつを鳴らして
砂利にうもれた 枕木をふむ

陽のかげった谷間を
さらさらと 川が横たわっている
芽吹きはじめた雑木林は
盛夏のまえの 夢のひととき

うきゃきゃ うきゃきゃ
おさるさん
うきゃきゃ うきゃきゃ
ごはんですよ

黒猫のママンはしっぽを振り振り
防護壁をねりあるく
時々 枯れ草のなかに落ちたって
だいじょうぶ

洞窟みたいなトンネルも
かたむいた標識も
マユコにとっては 大冒険
廃線跡は 春の泉

うきゃきゃ うきゃきゃ
おさるさん
うきゃきゃ うきゃきゃ
あそびましょう

反対行きの親子連れと
鉄橋のうえで あいさつをかわす
父親に手をひかれた男の子
はずかしそうに うつむいている

「おはよう、どーぞ」

マユコが笑う

うきゃきゃ うきゃきゃ
おさるさん
うきゃきゃ うきゃきゃ
あさですよ

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第19話
 
〜ちょっとすねただけ〜

朝早く 娘のマユコといっしょに
起こしに来たきり
ふらりと 外へ姿を消していた
黒猫のママン
昼すぎに 玄関口で鳴き声が聞こえた

娘のマユコは たたみに寝そべり
クレヨン片手に ぬり絵のさいちゅう
名前を呼ばれても 顔もあげない
ママンのトイレが 新聞紙のうえ
砂をこぼして かたむいている

ママンは ひとしきり鳴いたきり
家に入ってこようとしない
様子見に 外へでてみると
男友達と寄りそっている
先週引っ越していった
中杉さんが飼っていた
格幅のいい オスの白猫で
薄汚れたからだを気にしながら
あいさつがわりに「なお」と鳴いた
ママンが目を見ひらいて
部屋の奥を気にしている

マユコは 昨日近くにやってきた
紙芝居のおじさんの歌が気に入ったのか
なんども なんどもくり返し
おなじフリーズを口ずさんでいる
ときおり クレヨンを動かす手をとめて
ちらりと こちらの様子を見る

ママンと白猫は 申し合わせたように
お風呂場に直行する
からだを洗ってやる間じゅう
白猫はイヤそうに顔をゆがめている
ママンは 愉快そうに
洗濯機のバスタオルのうえで
白猫を 見おろしている

きれいに身支度をととのえると
ママンと白猫は つかずはなれず
リビングに足をのばす
ママンは小さく伸びをうって
そうして マユコのまわりをグルリと歩いて
マユコの胸もとで寝そべった
白猫は マユコのまえに立って
長いしっぽを クルリと巻いて
「なおなおなお」と三度鳴いた
そうして ママンのよこに寝そべって
無頓着におなかを見せた

マユコは 困ったようにこちらをうかがい
指についたクリヨンの青を拭い
そうして そっと手をのばし
白猫のおなかを やさしく撫でた

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第20話
 
〜ひげのおじいさん〜

ばちばちと 音をたてて
太陽のオーラが
芝生に 降り注いでいる

ため池が 見渡せる
いつものベンチに
ひげのおじいさんが すわっている
足もとに
ハトが せわしなく群れている

「おはよう!」

娘のマユコは 手を振って
わきめもふらずに ベンチへ駆ける
黒猫のママンが にゃあと鳴き
ハトの群れが ふわりと舞う

「マウコ、ごはんあげるんだよお」

ひげのおじいさんから
手一杯のパン粉をもらったマユコは
たちまち ハトに包まれる
ママンは おっくうそうに
ベンチのうえに よじのぼり
コートのなかに もぐり込んでくる

「ママンもおいでよお」

ひげのおじいさんのたくわえた
顔をおおった 見事なひげが
三日月のように 静かに笑う
はじめて出逢ったとき
びっくりして ベソをかいていたマユコは
後ろ髪をゆらしながら
不意に 母親のように笑った


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