title : small idea

わたしのお城には
数え切れないほど部屋があって
どの部屋にも窓がついていた
わたしは街じゅうの布を買い占めて
カーテンに仕立て
ひとつ残らず窓をふさいだ
ある日あなたがお城の前を通りかかり
ふと足を止めて
窓をひとつずつ丹念に覗き込んだ
中は決して見えないのに
わたしは服を剥がされるような気持ちがして
あなたをあきらめさせようと
部屋を次々と増やした
もちろん新しい部屋の窓も
カーテンでしっかりと閉ざした
それでもあなたは
どれだけ部屋の数が増えても
毎日お城の前で立ち止まり
すべての窓を覗き込んだ
とうとう街じゅうの布が尽きて
カーテンを作られなくなったので
わたしは観念して
最後の部屋の窓であなたを迎えた
「こんにちは」とあなたが言った
わたしはとっさに首を振って
このお城の主人は出て行ってしまった
わたしは留守番なのだと嘘をついた
がっかりしたあなたを見送りながら
二度と逢えなくなるかと思うと
何故か涙が止まらなくなって
一晩じゅう泣き通したせいか
朝になると部屋がいくつも崩れていた
驚いたことに
あなたは次の日もやってきて
主人は帰ってきたかと訊ねた
わたしはやっぱり首を振って
やっぱりその夜も泣き通し
やっぱり朝までにいくつも部屋が崩れた
そんな風に
毎日あなたが訪れつづけ
毎日部屋が壊れつづけて
ついに部屋はひとつもなくなってしまった
それでもあなたはやって来て
こんにちは　と言った
「とにかくきみが無事でよかったよ」
あたりを見まわすと
瓦礫の至るところに無数のカーテンが埋もれていた
「もう留守番はできないね」
わたしとあなたはどちらから言い出すともなく
カーテンを丹念に拾い集めた
空き地で焚き火を起こして
一枚ずつ燃やす間
あなたは黙ってわたしの手を握っていてくれた
そして最後の一枚を
不器用な手つきで洋服に仕立ててくれた
わたしは新しい洋服を着て
あなたの手の輪郭を指で何度も確かめながら
お城のあった場所をあとにした
途中で振り返ってみると
街の家並みにまぎれて
焚き火の煙が微かに立ち昇っていた

遅い朝
あなたがふるまう「愛している」には
見向きもせずに
窓辺にうずくまって空にひたる
遠まきの視線が
理由を見つけられずに部屋をさまよっている
太陽を遠慮がちにかくす雲の
形がとても健気で
小さくほほ笑んだわたしを見のがさずに
ほら例のキッチンカウンター
買わなくてよかったね別の店で半額になってるよ
あなたは無邪気をよそおって
チラシを広げてみせる
おなじ気持ちのくり返しには飽き飽きだけれど
空腹や眠気と同じだと思えば
ほんの少しの我慢でやり過ごせる
しかたなく床に降り立って
あなたの「愛している」をむさぼり食う間
午後はどこかに出かけようか
あなたはわたしのうなじや耳たぶを撫でながら
反省の色もなく
遠慮ぎみに自分の空腹を訴える
欠片ものこさずに食べおえると
わたしはあなたを無視して
窓辺によじ登ってあたたかい場所を取りもどす
雲は消えてしまったけれど
不思議な声で鳴く鳥を聴きながら
うとうとしていると
ぱりぽり　ぱり
あなたがいつもの調子で
自分の「愛している」を頬ばる音がする
なぜ損ないあわずに生きていけないのだろう
せっかく生えそろったばかりの身体をもいで
床に投げだすと
あなたは途端に元気を取りもどして
一心不乱に食らいつく
太陽がいつまでも輝いている

朝ずいぶん早くに
わたしもあなたも同時に目を覚まして
その事態に呆然とした
二人ともが
臍の少し下で身体が真っ二つになって
上半身どうし
下半身どうしが
切断面で癒着してしまったのだった
下半身たちは
それぞれ勝手な方向へ進もうと
互いに主導権を譲らずに
床の上でのたうちまわるし
上半身どうしは
神経がつながり合ったせいか
お互いの考えが全部伝わってしまうので
過去のことや日頃の不満や
今後どうするかについて
ことごとく意見が食い違って
今まで愛し合っていたことが嘘のように
掴み合いの喧嘩になった
午後に差しかかる頃には
二人（四体？）ともぐったりして
床にだらしなく転がったまま
出逢ったきっかけや
死んでしまった猫のことを
取りとめなく話すうち
気持ちが落ち着いて
でもまあよく考えてみれば
こうなったのがあなたとで良かった
大変かもしれないけれど
なんとかやっていくしかないね　と
二人で手をつなぎ合って
少し眠ることにした
ぼんやりと天井を見つめていると
とても静かな眠りが訪れて
闇のなかで息をひそめていると
すぐそばにあなたの気配を感じた
指と指の気配
身体と身体の気配を
そっと重ね合わせて
わたしはこの人と生きていくんだ
強く念じながら
光に満ちた目覚めを待った

毎年　いちど
三月十九日がくると
押入れに大切にしまっておいた
陶器のコップを取り出して
丁寧に洗う
指で表面をこすって
きゅっ　と音を確かめる
それからテーブルにコップを据えて
一年分の
あなたと過ごした記憶を
こぼさないよう　注意深く注ぐと
液体は次第に澄んで
時間の順に層を描き出す
少しずつ　午後いっぱいをかけて
コップがわたしの記憶を消化するのを
テーブルに凭れて眺めるうち
日が暮れて
いつもの時間に電話が鳴る
普段なら　恥ずかしくて口に出せない
あんな言葉　こんな言葉を
あなたがささやいてくれるたび
受話器を握りしめたわたしは
頬を染めながら
それでも現実の
空っぽのコップから目がそらせない

今日は一日
意地やら信念のことやらで
本当に疲れてしまって
不用意に夜中にさまよい出た揚げ句
時速１６００ｋｍで駆け抜ける
日付変更線をうまく飛び越えられずに
つまずいて
一人だけ昨日に取り残されてしまった
暗闇に目をこらしてみると
辺り一面に
奇妙な形の欲望や
植物や造型になりすました愛情など
人々の思い出が転がっていた
月明かりを幸い
かき分けて進むうち
他人事とは思えないオブジェを見つけた
おそるおそる触れてみると
間違いなくあなたの気配が感じられて
中を切り開いてみると
膝を抱えたわたしが詰まっていた
彼女は顔を上げて
口もとを奇妙に歪めて
わたしの声で醜い言葉を吐いた
発作的に彼女を殺して
置いていくわけにもいかずに
肉を一欠片も残さず食べ尽くす間
悔しくて
涙があふれて止まらなかった
あれだけ愛し合っていたのに
どうして
こんなことになってしまったのだろう
小さな空き地を見つけて
眠ろうとしたけれど
陽が射しはじめるまで
まどろむことすらできなかった

あなたは時々思い出したように
ふらりとやって来て
わたしの中の溜まり具合を確かめる
最初はあんなに小さかった種が
時間をたっぷり吸って
今や巨大な空洞に育ち
底に溜まった熟成した液体が
ほどよい香を放っている
あなたは慎重にわたしを押し開き
液体をおいしそうに飲み干して
代わりに
やさしい声を封入してくれる
あなたと触れ合っていると
空洞の壁が溶けて
わたしはあなたの言葉と混じり合い
せつない声を洩らしながら
あなたが新しい種を残して
去ったあとも
何度もくり返し
あなたの名前を唱えつづける
きっとまた来るから
そんな約束に涙を流す