詩の部屋

〜　連詩　〜

気分限定スパイス

　


title : return to myself

Copyright 1998 BYS01127@nifty.ne.jp All rights reserved.

　

意地

昨日の朝

ご飯を作っていると

家じゅうの調味料がすべて

きっかりなくなってしまった

最後に目玉焼きに

胡椒を振りかければできあがりだったのに

ビンを叩いても底を引っ掻いても一粒もなく

まあ仕方ないかと諦めたものの

一口食べた瞬間

物足りなくてやっぱり我慢できなくて

いったんそう思いだすと

お味噌汁やサラダやハムや一口コロッケや

なにもかもが

少しずつ味が物足りなく感じて

なくなることを見越して

無意識に量を調整してしまったのだろうか

自分自身に腹が立って

すっかり食欲が失せてしまった

やれやれ　と

コーヒーを淹れて

窓辺でくつろいでいると

いつもは砂糖もミルクも抜きなのに

苦さがなんとなく物足りなくなって

諦めて上着を羽織って

いつもは莫迦にしている

甘ったるい缶コーヒーを買いに出かけた

路地を何度も曲がって

大通りに出て

やっとのことで自動販売機を見つけて

今日だけよ

味を認めた訳じゃないんだからね

駆け寄ると

コーヒーだけが全部売り切れだった

|「詩の部屋」TOP|

駆け引き

昨日の日暮れ時

奇妙な男が訪ねてきた

目には瞼がなく口が尖っていて

肌はぬめぬめした鱗で覆われていた

髪の毛はなく

代わりに後頭部に鰭があった

タナカです

と男は名乗った

やあ　久しぶりですね

どう見ても魚だった

少なくともこんな奇妙な男に心当たりはなかった

及び腰で受け答えしていると

タナカさんはじわじわと中に入ってきて

ついに玄関の扉を内側から閉めて

勝手に鍵をかけてしまった

あの困ります勝手に入ってこられちゃ

そう言ったときだけ

タナカさんは言葉が判らない様子で肩をすくめた

ぼくだよ　ひょっとして判らない？

ぐっと詰め寄られて

わたしは思わず尻もちをついた

ははは　とタナカさんは妙に爽やかに笑って

じゃあまあ先に入らせてもらうよ

ずかずかと勝手に上がり込んで

一人でお風呂に入ってしまった

ドアが閉まると

部屋は平常を取り戻したように見えたが

幻覚ではない証拠に

お風呂場から鼻歌が聞こえた

いったいこれはどういうことなの

事態がわたしを無視して展開するのが許せなくて

腹が立って

いっそお湯の温度を上げて煮物にしてやろうか

逆転の作戦を練っていると

おーい

塩取ってくれないかなあ

タナカさんの呑気な声がした

|「詩の部屋」TOP|

お茶会

昨日のお茶の時間

買ったばかりの折り畳みテーブルと

魔法瓶を抱えて

近所の公園に出かけた

綺麗な形の葉が茂った樹があったので

日陰にテーブルを広げて

コップにお茶を注いだ

そうだ　タカハシさんがくれた

クッキーがあったっけ

思い出したが最後

他のことがなにも考えられなくなって

まあものの数分だし　と

テーブルとお茶はそのままにして家に戻った

クリーム色の

花の絵があしらわれた箱を手に

つまみ食いを我慢して公園に戻ると

葉っぱがいくつもテーブルに舞い降りて

お茶会を開いていた

こんな穏やかな日に

枝から離れられたら幸せだろうか

少し羨ましくて

でもまあ邪魔するのも野暮なので

離れたベンチでクッキーを囓った

あたたかくてついうとうとしていると

おかわり　と声が聞こえた

見上げると

枝が風もないのに揺れていた

|「詩の部屋」TOP|

あと一歩

昨日の夜中

昼の間に陽に干したふかふかの布団や

買ったばかりの憧れだった毛布を

準備万端整えて

雑事を全部こなして

いよいよ眠るだけとなって

おもむろに横になった瞬間

電話が鳴った

いやいや這い出て受話器を取ると

あらやだまちがえちゃったわ

謝りもせずに一方的に切られてしまった

布団にもぐり込んだ瞬間

今度は玄関の呼び鈴が鳴った

居留守を決め込んだものの

あんまりしつこいので

はいはい今出るからちょっと待ってよ

カーディガンを羽織って玄関を開けると

もう誰もいなかった

さすがに腹が立って

なにが来ようが絶対に相手にするもんか

布団にくるまって息をひそめていると

どこからか

すきま風が聞こえて

そういえば窓を閉めたっけ

玄関の鍵は掛けたっけ

気になりだして

眠るどころではなくなった

家じゅうを調べると

トイレの電気は付けっぱなしだし

お風呂の蛇口から水が流れていたし

ポットのコンセントもささったままだった

やれやれ

床にへたり込んで放心していると

布団と毛布が

おいでおいでをしてくれた

|「詩の部屋」TOP|