詩の部屋

〜　連詩　〜

気分限定スパイス

　


title : return to myself

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時間

昨日の昼間

街の真ん中で突然

時計を家に忘れたことに気がついた

周りの店を見回しても

偶然かどこにも時計はかかっていなかった

通行人を呼び止めてみても

あいにくだれも時計を持っておらず

空は曇っていて太陽の所在も不明だった

判らないとなると

よけい時間が気になって仕方なくて

いっそ駐車場にでも侵入して

チケットを切ってやろうか

退っ引きならない状況に陥って

微かな自制心の欠片にすがって彷徨っていると

よっ　早かったね

いきなり肩を叩かれて

振り向くとあなたが立っていた

よかった　ねえ今何時？

あなたが腕時計を取り出した瞬間

通りの鐘が鳴って

モニュメントのオルゴールが始まった

ほら　待ち合わせ時間ぴったり

遅刻常習のあなたは

わたしが怒っていると勘違いして

本気出せばこんなものかな

などと胸を張った

わたしは独り消耗した腹いせに

幾つも持っている貯金からひとつを取り出して

罪のないあなたを責める口実にした

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異空間

昨日の午後五時ごろ

ついうとうと眠ってしまって

気がつくと真っ暗になっていた

手探りでソファから降りて

這いながら辺りを探ると

形や手触りが記憶にないものばかり手に触れて

それらを架空の部屋に並べてみても

どう転んでもわたしの部屋にはならず

これはきっと夢に違いないと

もう一度ソファに戻ろうとしても

どっちだったか判らなくて

這い回るうち

手や膝に冷たいものを感じる始末で

涙が込み上げてきた

おーい

その時あなたの声が聞こえて

ここよ　と叫んでみたものの

今視覚を取りもどしたら

二度ともとの部屋には帰れないかも知れない

怖くなって

ねえお願いだからまだ明かりは付けないで

叫んだつもりなのに声が出なくて

電気くらい付けろよな

不意の明かりに目がくらんだ

なにしてるんだよそんなとこで

恐る恐る周りを見回してみると

そこはお風呂場だった

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思い出

昨日の夜遅く

外で泣き声がするので出てみると

小学生くらいの女の子が

転んだのか膝から血を流してうずくまっていた

なにを訊いても返事は要領を得なくて

とにかく家のなかで傷の手当てをして

牛乳を注いであげると

女の子は一気に飲み干してから

小さな肩で息をしながら

じっとわたしを見つめた

そうは言っても

もうベッドは定員オーバーなの　と

少女たちが眠っているのを指し示しても

納得してくれるはずもなく

仕方なくベッドに寝床を準備すると

女の子はすぐに寝息をたてはじめた

横顔を眺めながら

あの時　傷の手当てをしてくれた

ずいぶん大人に見えたお姉さんに

果たしてわたしはなれたのだろうか

自信がなくなって

落ち着かずに部屋を見回してみると

今までの人生があちらこちらに転がっていて

静かにわたしを見てくれていた

そういえば

あの時食べさせてもらった朝ごはんの目玉焼きが

とても美味しかった　と

大切なことを思い出したせいか気持ちが落ち着いて

カーテンを閉めに立つと

卵のような月が

喉から手が出そうなくらい綺麗に輝いていた

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休憩

昨日のお昼まえ

珍しくなにもすることがなかったので

お気に入りの音楽をかけてくつろいでいると

かさこそと不自然な音が聞こえた

耳をすましてみると

プレーヤーの中から聞こえてくるので

そっと近づいて

咳払いをしてみると

突然音楽が止んだ

わっ　と声をたててみると

ごんがらがっしゃんしゃん

中で派手な音がして

それからまた何事もなかったように音楽がはじまった

思いついて　お茶を二杯入れて

ひとつをプレーヤーのまえに置いて

もうひとつを手にソファでくつろいでいると

香りに誘われるのか

時々音調が乱れるので

そのたび笑いを押し殺して咳払いをした

ようやく最後まで演奏が終わったので

もう一度かけようかと思ったけれど

プレーヤーの再生ボタンを押しても

うんともすんともいわなかった

まあ　確かに演奏させっぱなしも気の毒だと

反省して

新しいお茶を入れ直して

おいしいと評判のクッキーをお皿に盛って

買い物にでも行こうかしら

わざと大きな声でつぶやいてから

上着をはおって外へ出た

おだやかな風が南西に向かって流れていて

暑くもなく寒くもなく

そうだ布団を干すのを忘れていた

思い出しても後の祭りで

中に戻るに戻れず

庭に回って

そっと窓から中の様子をうかがった

調子外れな鼻歌がかすかに聞こえた

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球体

昨日の昼食のあいだ

背後からだれかにじっと見られている気がして

いつもの倍手間をかけて作った

特製ソースのパスタも

こんがり焼けたガーリックトーストも

どこか楽しめなくて

振り返ってみると

新生児の頭くらいの半透明な球体が浮かんでいて

窓から流れ込む風にゆらゆらと揺れていた

こんなものがいつの間に入ってきたのだろう

恐る恐る手を伸ばすと

右手のひらに貼り付いて

剥がそうとして左手にもくっついてしまって

どれだけ振り回しても

いっこうに取れなくなった

中にはなにもなく向こうが透けて見え

顔を寄せると美味しそうな臭いがした

つい舌で舐めると

なかなかいい味だったので

囓ってみると少し酸味があって果物のようだった

背骨の辺りを貫いてお腹から脳に達した食欲に

命令されるまま

わたしは球体にかぶりついて

欠片も残さず食べ尽くし

両手を丁寧にしゃぶった

満腹になって

歯を磨きに洗面所に行くと

鏡に写ったわたしのおでこの辺りに

ちょうど球体くらいの穴が空いていた

恐る恐るおでこに触ると

ちゃんと肌があったので

鏡写りだけならそう不自由もないかと思って

歯ブラシに手を伸ばしたとき

背後にまた視線を感じた

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顔

昨日の真夜中

眠る前の日課のジグソーパズルを出して

できかけの写真のなかに

今日の十ピース分の居場所を探した

ピースの数だけ並んだ

懐かしい顔が

みな穏やかに笑ってわたしを見つめていた

ひとつずつ

思い出の場所に填め込んでいくうち

ひとつだけ見覚えのない人が出てきて

はて　いったいだれだっただろう

どれだけ考えても思い出せなかった

今日のところは忘れて

また明日考えようと思いかけて

そうやって

この人のことを忘れたのだと

思い至った瞬間

胸の奥底から塊が込み上げて

喉を押し広げて口から外に出た

耳がびりびり震えて

ようやくそれが悲鳴だと判った

しまったと思っても手遅れで

思い出やら気持ちやらが沸き上がって

それまでわたしが

こつこつ積み重ねてきたものを

一瞬で吹き飛ばして

それでも足りない分が

目からだくだく溢れ出した

やっとの思いで

ピースを裏返して写真に填め込み

指で押さえていると

洪水は次第に収まって

引き潮のように流れ去って

あとには空洞だけが残った

真ん中にうずくまって

目を閉じると

のっぺりとした闇が訪れた

かちかちかち

どこか遠くから

時計の針の音がやけに大きく聞こえた

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