title : in your eyes

心配しないでって
云ってくれる　あなた
雨の日は　雨を楽しんで
でも　時がたてば
青空が広がるから
そうしたら
青空を　楽しめばいいじゃないって

がんばれって
云ってくれる　あなた
どうせなら　激しく転んで
怪我しちゃえばいい
身体の傷くらい
自分で　ばん創膏はって
歯をくいしばって
自分で　立ち上がりなさい
でもね　心ががんばれない時は
いつだって　呼んでよ
一緒なら　がんばれることだってあるでしょう？
必要なときだけ　利用してくれて
ちっとも　平気
ただ　わたしがいることを
覚えてくれていれば
だって　わたしは
あなたが　がんばっていてくれれば
そうすれば
あたしだって　がんばっていられるから

莫迦って
云ってくれる　あなた
ごめんだなんて
謝るひまがあったら
なんでもいい
一言くらい　云い返してみなさいよ
あたしは　あなたのお守りじゃないんだから
あたしは　あなたの母親じゃないんだから
ごめんなんて云われたら
あたし　あなたに
なにも　望めなくなるじゃない
あなたに　莫迦って
云えなくなるじゃない

朝ですよって
云ってくれる　あなた
目をつぶって
なにも　なかったことにして
そうして　いつの間にか
眠ってしまったんでしょう
ざーんねん
ちゃんと　朝は来るんだから
あなたを　そう簡単に
放してくれやしないから
冗談じゃないわ
あたし独り　ほったらかして
自分だけ　楽になるなんて
あたし　まだ
あなたが必要なんだから
頬を　ひっぱたいてでも
お尻を　蹴っ飛ばしてでも
連れていくから

だから　毎日って悪いだけのものじゃないって
云ってくれる　あなた

だから　あなたが必要なんだ

　　　　　　　　小さな
　　　　　　　　あなた
　　　　　晴れた日には
　　　　　　　ビー玉の
　　　　　　　　　底に
　　　　　　　　座って
　　　　　　　　太陽の
　　　　　　　　　光に
　　　　　　　　　目を
　　　　　　細めている

　　　　　　　　大きな
　　　　　　　　あなた
　　　　　曇りの日には
　　　　　　　白い雲の
　　　　　　かたまりを
　　　　　　　割り箸で
　　　　　　　くるりと
　　　　　　　　掬って
　　　　　　　綿菓子を
　　　　　作ってくれる

　　　　　　　ふつうの
　　　　　　　　あなた
　　　　　　雨の日には
　　　　　　　赤い傘を
　　　　　揺らしながら
　　　　　　水たまりを
　　　　　　　ひょいと
　　　　　　飛び越えて
　　　　　　　　逢いに
　　　　　　来てくれる

　　　　　　　等身大の
　　　　　　　　あなた

　　　　　　　　　　　ひとつ　ふたつ　みっつ

　　　　　数をかぞえて
　　　　まばたきをして
　　　　　　　そうして
　　　　　手を伸ばそう

ぽとり
おちてくる
ぽとり
しんで
おちてくる

ぽとり
あれは
なんの　とり？
あ　また

あれは
ぽ　のとり
おしまい
もう　はばたけない

ぽとり
きのうは
ことりだったかも
しれないのに

ぽ　のとり
しんで
ぽとり
おちてくる

きっと
ひとりぼっちで
ないていたんだ

仕事に行くときも
遊びに出かけるときも
買い物の帰りも
そうでなければ
ちょっとした散歩のときにも
かならず前を通る　細い路地に面した小さな家
南向きの小さな窓辺には
いつでも　あなたがいて
空や風景や道行く人々を
ぼんやりと　ただ眺めている
雨の日も　強い風が吹く日も
あなたは　窓の桟にひじを付いて
つまらなそうな様子で
思い出したように　欠伸をもらす
時々は　声を出して笑ったりもする
降り積もる雪に　手をさし出してみたりもする
けれど　瞳のかがやきはいつも同じ
どこか　うつろで
楽しそうな時でも　哀しそうな時でも
感情が入り込む余地もない
それでもあなたは　決して窓辺から離れようとはしない

　　　　　　　窓のまえを通りざま
　　　　　　　勇気を出して　立ち止まってみる
　　　　　　　あなたに　声をかけてみる
　　　　　　　あなたは不思議そうに
　　　　　　　こちらをうかがっていたが
　　　　　　　それじゃあと　窓を離れると
　　　　　　　「さよなら」と云って
　　　　　　　小さく手を振ってくれる
　　　　　　　けれど去り際に　振り返ってみると
　　　　　　　あなたはもう　どこか遠くを見ていた

　　　　　　　散歩の途中　夕立ちがとつぜん落ちてきて
　　　　　　　世界じゅうを　激しく叩きはじめる
　　　　　　　傘を持っていても　無駄な努力
　　　　　　　路地のなかばで途方に暮れていると
　　　　　　　あなたが窓越しに呼んでくれる
　　　　　　　軒下で　雨宿りをする間
　　　　　　　断片的にあなたと交わした言葉は
　　　　　　　云ったそばから雨音にかき消されてしまったけれど
　　　　　　　あなたはまるで気にもとめずに
　　　　　　　雨があがるまで　相手をしてくれた

　　　　　　　あなたはまるで今夜の食事のメニューのように
　　　　　　　架空の猫の話をしてくれる
　　　　　　　それは小さな黒猫で　ママンという名が付いている
　　　　　　　彼女（彼？）はいつでも傍にいてくれて
　　　　　　　自分のすべてを　許してくれる
　　　　　　　自分の居場所を見失いそうになると
　　　　　　　大丈夫だと　ささやいてくれる
　　　　　　　ただ　それだけを話すと
　　　　　　　あなたは感想も述べずに黙り込む
　　　　　　　「そんな都合のいい話が」と云いかけて
　　　　　　　あなたと　目があった

　　　　　　　友達が病気なのだと
　　　　　　　あなたは力なく　目をふせる
　　　　　　　泣いているのだろうか
　　　　　　　それさえ　判らない
　　　　　　　なんの病気なのかを訊くと
　　　　　　　あなたは　長い長い沈黙のあと
　　　　　　　「FAKE」と云った

　　　　　　　部屋のなかは　暗く翳が落ちていて
　　　　　　　どんな様子なのか　うかがい知れない
　　　　　　　あなたは時折　部屋のほうを振り返り
　　　　　　　「わたしはここから出てはいけないのです」と云う
　　　　　　　たくさんの人がここにやってくるけれど
　　　　　　　例外なく　だれもがいつか去っていく
　　　　　　　そうして　わたしだけが残される
　　　　　　　わたしは永遠に　ここに閉じ込められたままなのです
　　　　　　　あなたがなにを伝えようとしているのか
　　　　　　　理解することができない
　　　　　　　この窓を越えて
　　　　　　　外へ出るだけなのにと思う
　　　　　　　けれど　決してあなたには云ってはいけないと
　　　　　　　別の自分が知っている
　　　　　　　あなたは涙もなく
　　　　　　　ただ　泣きつづける

細い路地にある　小さな家には
南向きの小さな窓以外に　入り口も出口もない
あなたが　この家から出られないと云うのなら
本当に　あなたは永遠に家から出れはしないのだろう
そうして　窓辺に座って
あんなに哀しい瞳で
どこでもない　遠くのなにかを見つめつづけるのだろう
あるいは　いつかあなたが
ただひとつの南向きの窓を　カーテンで閉ざして
暗く沈んだ部屋に閉じこもってしまう日がくるかもしれない
そんな風に　永遠に閉ざされたまま
誰の記憶からも忘れ去られて
ひっそりと　細い路地にたたずんでいる小さな家が
いつか無数に　この世界じゅうに満ちあふれたとき

その時まで　ぼくはあなたのために
声をあげて　泣くことすらできないのだろうか
あの　南向きの小さな窓を越えて
あなたの部屋へ なぜ入って行かなかったのだろうと
後悔をするのだろうか
あなたのいる あの窓辺にはまだ
カーテンはかかっていない

夜になれば
まるで　一日分の時間を握りつぶすように
憂鬱な顔をした闇がおとずれ
朝が来れば
まるで　昨日の借りを返すように
残忍な顔をした光がおとずれ

そう　それは
もはや　どうにもならないこと
たったひとつの地球は
まわる　まわりつづける

　　　ぼくたちの将来はと
　　　お金持ちになりたいよと
　　　知ったか振りの　少年たち

　　　やりたいことってなにそれ
　　　いんじゃない　大人は大人でやってれば
　　　街を行きかう　少女たち

「先月３０日、アフリカ北部のアルジェリアで
　過激派が４つの集落を襲い、４００人の人々を
　無差別に殺害しました」

「昨年８月には１００人が殺害されるなど、これ
　まですでに、６万人を越える死者が出ています」

　　　イランイラククウェートサウジアラビア
　　　アラブ首長国連邦
　　　えーと　この小さな島なんだっけ

　　　第２次世界大戦で日本兵が殺した人の数と
　　　死んだ日本兵の数とどっちが多いか
　　　知っているかい

夜になれば
昼間路上で息絶えた
若者の生命は　癒されるかい
朝が来れば
夜半過ぎに死産した
赤子の生命は　癒されるかい

そう　それは
もはや　どうにもならないこと
たったひとつの地球は
まわる　まわりつづける

　　　昼となく　夜となく働きつづけて
　　　曜日の区別もつかなくて
　　　帰ったら　ただ眠るだけの毎日
　　　生きているのか　死んでいるのかも思い出せない

　　　あと１０歳若ければ
　　　この娘を　産んだりしなければ
　　　そうしたら　あたしだって
　　　こんな生活からおさらばしているものを

「拝啓、お元気ですか。
　わたしは元気ですと言いたいところですが、また秋か
　ら入院して、落ち込んですっかりやせてしまいました。
　そんなわけないだろー、ケッケ」

「あんなに毎日まいにち苦しんで、ただ病気と闘うだけ、
　そんな毎日なのに、あの子、ごめんねごめんね、あた
　しのせいで入院費かかって、おかあさん仕事にも行け
　なくってって。
　ごめんねかあさんってあの子が悪いんじゃないのに、
　死ぬまで一度きりしか泣かなかったのよあの子」

　　　こんな時代に生まれてくるのは悲劇だから
　　　だから　子供を作るのはよすんです
　　　生まれなければ　地獄を見なくてもすむでしょう

　　　ねえねえおかあさん
　　　時代劇の兵隊さんどうしてみんな死んじゃうの
　　　お百姓さんの人　どうして殺されちゃったの

夜になれば
いつもおまえに訪れる　不安とやらは
いったいどれほどのものだね
朝が来れば
いつもおまえを殺そうとする　視線とやらは
いったいどれほどのものだね

そうかい　それは
もはや　どうにもならないのかい
たったひとつの地球は
まわる　まわりつづける

夜になれば
決まって夜泣きする　赤ん坊を
解き放つ朝を連れて
朝が来れば
重い身体をひきずって歩く　兵士を
鎮める夜を連れて

たったひとつの地球は
まわる　まわりつづける

今日の夏は　ひときわ暑かった

とげとげしいアスファルトの匂い
整地された斜面には
盛夏とばかりに　雑草があふれている
二年前と　なにひとつ変わらない
かわいた墓石の列
こんな日に　彼女がおとなしく眠っているとは
とても　思えないけれど

潅木のむこう
火葬場の煙突ごしに
薄曇りの空が広がっている
不思議と　この夏は
夕立ち雲を　まだ見ていない

八年まえ　ここで見あげた空
あれは　三月のつめたい空気が
他人事のように　うずをまく午後だった

二年間の空白を
さて　なにから彼女に報告しようかと思い
蝉の声に　背中を指される
墓前でなければ
逢えないわけでもなかろうに
だれかの笑う声がする

拝啓
わたしは　あなたのいない時間を
ここで　生きています

生涯の伴侶を得
祖母と祖父を失い
子を成し

水を替え　花を添え
柄杓で石をうるおす
したたった水を打つ強い陽ざし

一週間まえ　祖父の葬儀のときも
こんな風に　暑い日だった

彼女に逢いにいきたくて
いちどは　断とうとした命
彼女にたどり着きたくて
ここまで　長らえてきた命

ブリキのバケツと　柄杓を片づけて
思い出して　彼女に手を振る
蝉が　幹から幹へ空を舞う

　　「いつだって、逢えるじゃない」

そんな声に　振り返った先
ひとしきり笑いながら
彼女は　しずかに手を振っていた

ひときわ長かった　夏の日

　　　　　　　　　　　たすけて

　　　　　　　　　　　わたしを

　　　　　　　　　　　たすけて

　　　　　　　　　　　わたしの

　　　　　　　　　　　こころは

　　　　　　　　　　　あなたの

　　　　　　　　　　　こころを

　　　　　　　　　　　　　　　のぞんでなんかいない

　　　　　　　　　　　いないの

　　　　　　　　　　　　　　　よ

　　　　　　　　　　　たすけて

　　　　　　　　　　　わたしを